茗荷谷の猫

茗荷谷の一軒家で絵を描きあぐねる文枝。庭の物置には猫の親子が棲みついた。摩訶不思議な表題作はじめ、染井吉野を造った植木職人の悲話「染井の桜」、世にも稀なる効能を持つ黒焼を生み出さんとする若者の呻吟「黒焼道話」など、幕末から昭和にかけ、各々の生を燃焼させた名もなき人々の痕跡を掬う名篇9作。

あめりかむら

病再発の不安を消そうと出た旅先で、体の異変に襲われた道子。その瞬間脳裏に現われたのは、あれほど嫌っていた青年の姿だったー。エリートビジネスマンへの道をまっしぐらに進み、周囲の誰からも煙たがられた友人との心の絆を描き、芥川賞候補作となった表題作。下町の、古本屋を兼ねた居酒屋で繰り広げられる人情ドラマ「大踏切書店のこと」。いじめにあう幼な子と、犬との心の交流を描いた「クリ」など五篇を収録。著者初の小説集。

めぐらし屋

長く疎遠だった父、その遺品の整理中に見つけた大学ノートには、表紙に大きく「めぐらし屋」と書かれていた。困惑する娘の蕗子さんに、折も折、当のめぐらし屋を依頼する見知らぬ客からの電話が舞い込む。そして、父の独居暮らしに淡い輪郭が与えられるたび、蕗子さんの遠い記憶は小さくさざめくのだった。地方都市を舞台に、温かで端正な筆致で描く、飾りない人びとの日常光景。

恋人の家を訪ねた青年が、海からの風が吹いて初めて鳴る“鳴鱗琴”について、一晩彼女の弟と語り合う表題作、言葉を失った少女と孤独なドアマンの交流を綴る「ひよこトラック」、思い出に題名をつけるという老人と観光ガイドの少年の話「ガイド」など、静謐で妖しくちょっと奇妙な七編。「今は失われてしまった何か」をずっと見続ける小川洋子の真髄。著者インタビューを併録。