希望

わたしのブックストア(新編集版)を再読している。小さいけれど個性と魅力にあふれた本屋が紹介されている本だ。(2015年発行の本なので紹介されている情報の一部は変わってしまっているかもしれないが)

コロナ自粛で本屋に行くこともままならない中でこんな本を読んだらますますストレス(フラストレーション)がたまりそうだが、不思議とそうはならない。疑似体験になっているのか、かえって落ち着く。アフターコロナの「希望」になっているのかもしれない。

自力

メディア-リテラシー

メディアの特性を理解し、情報を取捨選択して活用したり自分の意見を表現したりする能力。

明鏡国語辞典 第三版より引用


メディアで流布する情報の真偽や有用性を主体的に評価・識別する力

岩波国語辞典 第八版より引用

メディアに不満を述べたり改善を望むより、自らの「能力」を高めた方が手っ取り早い。こんな言葉が国語辞典に載るようになったのを知るだけでも意味がある。

good night & nice day!

一日の終わりに、ウイスキーをちびちびやりながら映画を観る。

毎日いろいろあるけれど、先の不安もあるけれど、こんな時間があるかないかで「眠り」の質が変わるんだ。0時を過ぎれば、寝ることが一日の始まりになる。

Have a good night & nice day!

アフターコロナの常識

最後に公衆電話を使ったのはいつだったろう。

かつて公衆電話は町の一部だった。屋内外を問わず、あちこちに公衆電話があり、駅前や構内では順番待ちの人が並んでいた。町中に公衆電話があること、それを使うこと、並ぶこと。みんな当たり前のことだった。

そんな時代を過ごした僕だけど、今も変わらず「公衆」の「電話」を使えるだろうか。つまり不特定多数の人が使う(触れる)電話機を、その受話器を、何とも思わずに使えるだろうか。もちろんコロナ禍の今は言うまでもない。だけどその前の段階ではどうだったんだろう。平気だったのか、すでにダメだったのか。いずれにしてもアフターコロナは、よほどの理由がない限り使いたくない。使えない。それが今の正直な気持ちだ。

自己評価によれば、僕は潔癖症ではない。どちらかといえば「ずぼら」だったと思う。それでもコロナ騒動の前から、日本がどんどん「除菌・無菌社会」になっていくのは感じていて、僕はそれに対して否定的ではあったのだけれど、それでも知らないうちに、無自覚な部分で、僕自身の潔癖度もあがってしまっていたようだ。そして一度その感覚を身につけてしまうと、もとに戻すのはかなり難しい。公衆電話の件がまさにそれだ。

そんなわけで僕は、コロナ後の世界がちょっと怖い。いや、かなり怖い。潔癖症の問題だけではなく、異常な世界で身についてしまった常識は、平時になったら元に戻せるのだろうか。そもそもそれが身についてしまったことにさえ、気づいていないのに。

ブックオフ自粛

僕の新型コロナ対策の一つである「ブックオフ自粛」が1年を過ぎた。

僕がブックオフを利用する目的は貴重な絶版本を手に入れることではない。単に節約のためだけでもない。「チャレンジ」のためだ。正規の価格であれば買うのを躊躇してしまうであろう本でもブックオフ価格ならチャレンジできる。そうやって僕は新しい世界(作者やジャンルなど)を広げてきたのだ。

そんなわけで僕の不満は「欲しい本」が買えないことではない。「そうでもない本」を買えない(読んでみることができない)ことなのだ。それが1年にもなり、さらにいつまで続くのかもわからないことが、耐え難いストレスになっているのだ。