革のにおい

初めて「革のにおい」を意識したのは、小学生の時に買ってもらった野球のグローブだったような気がする。特に、それを使ったあとの手のにおいの印象が強い。友達のほとんどはそれを「くさい」と言っていたけれど、僕はそのにおいが大好きで、手も洗わずにいつまでも嗅いでいた。

今はもうグローブを持っていないし、必要もない。けれどホームセンターなどで見かけるとつい手にはめて、右手の拳でぽんぽんと叩いて手に馴染ませ、においだけいただいたりする。

ありがとう

ある本屋に行ったら、店内に「会計はセルフレジでお願いします」との文言と設置場所の案内があった。同チェーン店で有人とセルフの両方があるところは利用したことがあったのだが、セルフレジだけの店舗は初めてだったのでちょっと驚いた。きっと操作に戸惑う人もいるだろう。

幸い僕はスムーズに支払いを済ませることができたが、それでも本屋さんの会計方法としては違和感と味気なさを覚えた。せっかく実店舗で、紙の本を買っているんだもの。人に渡し、人から受け取りたい。そこに必要以上の会話を求めているわけではないし、客という立場を主張するつもりもない。セルフレジのメリットもわかる(つもり)だし、店側の都合や言い分もあるだろう。そしてセルフレジシステムを支持する利用者がたくさんいることも事実だから、それを否定はしない。

ただ、世の中から小さな「ありがとう」がなくなっていくのがさみしい。売った方も、買った方も「ありがとう」。それは声じゃなくてもいい。笑顔でも、軽い会釈でもいいのだ。ただし、人によるものであってほしい。と、僕は思うのだ。

平凡

ありきたりな日々の些細な出来事を、淡々と、静かに語る本や話が好きだ。気づく人だけが気づく小さなこと。けれど大切なもの。答えは人それぞれ。自分が感じ取ったことがすべて。それがゆっくりと、やさしく、染み込んでいく。

こんなふうに「平凡」を愛おしく感じるのは、今ではそれが「非凡」になってしまったからなのかもしれない。

麦茶

麦茶を買ってきた。銘柄に特別なこだわりはないのだが、毎年同じもののほうが「風物詩」として実感できるので「香り薫るむぎ茶 ティーバッグ 54袋」(伊藤園)が定番となっている。

麦茶は季節を問わず飲めるけれども、我が家では「夏限定」だ。だいたい今頃から9月くらいまでだろうか。独特の香ばしさは、まだクーラーなどなく、ジュースが贅沢品だった子供時代を思い出させる。あれから数十年、今では焼酎の麦茶割りなんぞも楽しみながら、縁側と青い空を思い浮かべたりする。